日記|勉強することの理由

s-IMG_5676.jpg

NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」
舞台が萩から群馬に移り、今は生糸業の振興の話が中心になってきています。

夏に富岡製糸場に行った際にはまったくそういうことを知らずに行ったので、あまり興味がわかなかったのですが、惜しいことをしたと今になって悔やんでいます。
今だったら、もうちょっと興味を持って観られたかもしれません。

けっきょく、知らないということは自分のチャンネルが開いていないので、せっかくの機会も無駄にしてしまいます。
本屋に行ってもそこにあるほとんどの知らない本を手に取ることはないように、知らないということは見えない、存在しないのと同じこと。
それはみんなと同じ世界に住んでいても、世界を狭めているということ。

勉強というほど肩に力を入れなくてもいいですが、いろいろ知っているということは世界に広さや奥行きだけでなく、彩りも与えてくれる。

勉強をさせてもらっていたときには作業として行っていたものが、離れてようやく勉強をすることの意味を実感できてきました。
小学校、中学校の義務教育はなんと幅広く、さまざまなことに興味を持てるように考えられているか。
興味を持ち、枝葉まで自分で勉強していったら。
自らの興味の向く先、適性を自ら見つけていかなければならない子どもたちにさまざまなチャンネルを開くノックの仕方を教える。
それが学校教育の目指すところなのだろうと思います。
関連記事
Theme: 日記 | Genre: 日記

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する