日記|親は子のどこまで踏み込むか。



子どものやろうとすることに踏み込みすぎると、せっかく咲く花を踏み潰してしまいそうで。

たとえば、高いところや水の近く、明らかに危険な場所に行こうとするのを止めるのは当然としても、それもあまり危険から親が遠ざけるのもどうなのか。
本人が危険だということを理解しないままになってしまいやしないか。

というのもあるし、たとえば興味の方向。

これをやらせたい、これをやってほしい、英会話だとか楽器だとか。
そういった親がやらせたいものを子供に押し付けるのはどうなのか。
子供が興味を持ったものが実はその子に最適な何かだったり。

僕はもう3年以上も子育てをしていながら、まだこの辺にしっかりと線が引けないでいる。

親のおせっかいで大輪を咲かせたかもしれない子供の芽を摘み取ってしまいやしないか。

うちの実家は、農家なんだけど、親は家業を継げとも言わず、むしろやめたほうがいいくらいの調子だったし、僕もだからなのか継ぐ考えはなかった。
聞いてみると親が継げと言わなかったのは、本当に僕が農業に興味がないということがわかったからなんだそうだ。

興味がある子は、自分から農業機械をいじりたがるし、いっしょにトラクターに乗りたがると。

そうだったのか、そういえばそんなことを考えたことはなかったかもしれない、と先日、初めて親から聞いた。

結局興味がないことは無理にやらせても、大成しない。
大成しないどころか、農業は個人事業主で、ミスれば首を括ることになる。
それは親にやらされてやれるものではないそうだ。
確かにそう思う。

かと言って、子供の興味の方向に、、伸びたい方に伸ばし、それでいいのかというとそうではない。
人生の先達として、行ってはいけない方向というのもちょっとはわかる。
その辺の方向修正はしてやらなければならない。

上の画像は先日、成田空港で行われた県民の日イベントで絵付けした、ひょっとこの絵。

好きなようにやらせた方がいいものか、見本通りに誘導してやるべきか、僕が悩んでいるうちに、息子の第一筆は鼻に青。
鼻は黒だぞと教えると、えいっとばかりに今度は鼻毛になった。
ここはこの色だよと誘導してある程度形になったところで、右目に黄色を塗って、ゆるい目玉焼きにしてしまった。
その上から僕が黒で黒目を書いて修正してできあがった。

ある程度形になった。これはこれで味がある、と親としては満足。
ただ、完全に好きなようにやらせたら、どうなったか。
子供本人には、絵付け前のまっしろな面にどんな完成図を見ていたのか。
好きにやらせたら親の僕も想像がつかなかったようなひょっとこの面になっていたのではないかとも思う。
それが良きにしろ、悪しにしろ。

迷っている時間はもうない。
まず親が結論、方針示してやらなければならない。
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