人間活動を経て宇多田ヒカル性は失われたか。|宇多田ヒカル「Fantôme」|音楽


と心配したが、そんなことはなかったぜ。

宇多田ヒカルが人間活動を始めたのが6年前。
当時読んだインタビューだと、自分が生活するのになににいくらかかっているか、例えば家賃がいくらで光熱費がいくらでということを全く知らない。そのまま何も知らないおばさんになっていくことが嫌だったという内容でした。(たしか)
なんともうらやましいことですがそれは、多くの転落芸能人がそうであるように、現在の自分の生活規模を把握できていないという危険もはらみ、あれだけ稼いでいたのに破産、借金苦ということになりかねない危険もあるため、大いに賛成するところ。
ただ一つ心配だったのが、人間活動の末、「ふつうの人」になってしまわないか、宇多田ヒカルの天才性が失われてしまうのではないかということ。

音楽や芸術を生業とする人の何が多くのふつうの人を惹きつけるかというと、ふつうではないこと。
ふつうの感性から発せられるものは、ふつうの人の想像の範囲内にあり、感情を震わすことはできません。
逆にふつうに徹し、ふつうの共感を最大限に引き出すお母さんお父さんに感謝ソングもありますが、僕はあれは大嫌い。
それよりも、自分が想像したことも思いつきもしない初めてのものに心が震わされる。
お金を出してCDを買い、時間をかけて聴くということに値する。

人間活動を経て、結婚、離婚、再婚、出産と同年代の人間らしい生活を経験し、宇多田ヒカルの今回のアルバムFantômeはどうなるのか。
不安がありましたが、杞憂に。
前作から8年ぶりのアルバム。
8年間の間にCMタイアップ、配信等があった曲を除けば完全新規の歌は7曲。
今のところ、2曲目の「俺の彼女」が一番好きですね。

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