靴磨きより自分磨き|日記


靴を磨けば自分が磨ければ苦労はない。

街を歩けばみんな乾いた靴履いていて、革靴の手入れをしているのか。
電車に乗れば、みんな汚れた革靴で気にならないのか。
見よ、僕のこの手入れをされてきれいな靴を。
靴が汚いやつは何をやらせてもダメ。
それが靴磨キストの矜持。
とでも言うかのように靴磨きの本やネットでは「靴磨きは自分磨き」と言われています。

でもこれは逆かもしれません。

職場の若手のホープと目されている若者の靴が茶のストレートチップでかなりよく言えば枯れた感じに履きこまれており、手入れしないのかなと気になっているんですが。
だからといって彼がダメだとかそういう話は一切なく。
仕事ができないわけでもなく、向上心にあふれた若者です。
「あいつは仕事はできるが靴が汚いのが減点だ」とかいうように、それによって彼の評価が下がっている感じはありません。

では職場の上の人たち、管理職の人たちを見るとどうかというと、ビッカビカに磨いている人こそいないですが、みんな靴が汚れているということはありません。
奥さんが磨いてくれているのかなとそれを見て微笑ましく感じています。(我が家ではありえない)

結局のところ、周囲の人間の靴の汚さ(失礼!)は自分のいる階層を表しているんじゃないかなと思います。

ある程度の身分の人たちで靴が汚い人はまずいません。
それは靴が汚れていることが直接減点に繋がるからです。

ですが、僕くらいの階層の者にとってはそれは大した問題ではない。
自分はまだその程度のところにしかいないということです。

自分のいるところで下を見てみんなの足元を見て、くっくっくっ僕の靴の方がきれい、靴磨きは自分磨きだよんなんて言って悦に入っている場合ではなく。
靴がきれいなのは当たり前として、上を見て自分を磨いているとそのうち、周りには靴が汚れている人はいなくなるんじゃないか。

周囲の靴が汚れ具合は、自分が今いる位置を表しているんです。
靴磨きはほどほどに、自分磨き(この言葉嫌いなんですが)しなきゃなと思います。
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