あたりまえのものをあたりまえに着る。しかし、それが難しい|日記



松浦弥太郎氏の「暮しの手帖」編集長時代のエッセイ集です。
「おいしいおにぎりが作れるならば。」
表紙はおにぎりではなく、なぜか、ゆでたまごです。
おいしいおにぎりはもう食べてしまったということでしょう。

まだ327ページ中、60ページ程度しか読んでいませんが、

「男の服装は、あたりまえのものをあたりまえに着る。男はこれでよい。」
なんてわかりやすいのだろう。しかし、ここでいうあたりまえのものが曲者である。あたりまえのものがどんなもので、どこにあるかは自身で学ばなければならない。だからあたりまえというのはとても難しいのである。

僕は、膝を打ちました。

朝、顔を洗い、髪を整え、葉を磨き、だらしないかっこうはしないという程度の身だしなみは、誰もが親から教わります。
しかし、あたりまえの服装というものについては、なかなか親から教わったり、学校で習うことはないのではないしょうか。
では自分で知ろうと本屋に行ってみても、男性、女性ともにファッション雑誌は数あれど、基本の「き」を教えてくれる雑誌というものはなく、いきなり応用編の、モテ服、愛され服、今負けない服装(誰にだ?)だとかの流行の捉え方の雑誌ばかりです。

ではあたりまえの服を探しに行こうとしても、どこに行っても、今流行りの服で、普通の、普遍の服を探す方が今は難しいですね。
若いうちはいいのですが、歳を重ねてくると、なかなか年齢相応の服装というものができなくなってしまいます。
慌てて本屋で知識をつけようとしても、いきなりイタリアモテオヤジでは土台がないのに、うわものだけ派手な建物になってしまいます。

僕は普通の、基本となる服装こそ、学校で教えた方がいいのではないかと思います。
科目は家庭科でしょうか。
冠婚葬祭等の正装、スーツの着方など、基本となる部分を学ぶ。
それを学んだ上で、ふだん各個人がラッパーみたいな格好をしようが、アニメTシャツを着ようが構わないと思いますが、そこを一本共通の知識、教養として通しておくことは、必要だと思います。

よくわからないけど流行っているから、というよりも、基本はこうで、ここをこう流行を取り入れたということが自分でわかった方が面白いし、そこからさらに自ら発展させることもできると思います。

というわけで、僕は今、基本のきを探しています。
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