意気込みを持たないただ被る|日記



昨年は、ハットを初めて購入した年でした。
まず、パナマハット(ではなかったのですが)
Reboot 2015/08/13 「BUY|パナマハット」

そしてフェルトハット。
Reboot 2015/09/23 「BUY|初めてのフェルトハット「KNOX マーキュリー」」

ただ、やはりまだまだ、さあハットを被るぞー!という意気込みみたいなものがあり、どうかなー、似合っているかなー、という帽子をかぶっていることを自分でかなり意識してしまっています。

それもあってか、最近は髪を切ったら頭が寒いのもあってか、もっぱらカシミアニット帽ばかりかぶっています。
ダメですね。

街を歩いてみると、中高年の男性がふつうにハットをかぶっています。
なんで彼らはあんなに自然にハットをかぶれるんだろう。
ハットをかぶっていることが自然だし、ハットがあってこそくらいに感じるほどです。

なんでだろうとしばらく考えていました。
サザエさんの波平さんが会社の通勤にかぶっている姿もじっくり観察したくらいに。

きっとそこには、僕のように、さあトラヤで買ったKnoxのハットをかぶるぞという意気込みのようなものはなく、冬に出掛けるときには寒いので、手袋をするように、マフラーを巻くように、ハットをかぶっているんでしょう。

逆に、よし帽子をかぶるぞという意気込みのようなものを持てば持つほど、自分と帽子の間に溝のようなものができ、なにかしっくり来ない、馴染まなくなってしまうんですね。

僕はその地点に至ることができるのか、ちょっと自信がないですね。

帽子が似合う似合わないには、頭の形、髪型、など調べるといろいろアドバイスがありますが、その他に、自分にとって自然にかぶれる、自分の背景と関連があるものか、ということも考えると、きっと素敵な帽子との出会いができるのかもしれません。
それを考えずに、変身オシャレアイテムくらいの気持ちで買ってしまうと、僕のように帽子を買ってはなにかしっくり来ないと捨てたりすることになります。
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